目で見る真菌症シリーズ 9
- 病原性放線菌による病気:ノカルジア症 -

 放線菌は、主に土中などに生息し、抗生物質をはじめ私たちの生活に必要な多くの薬を生産してくれるとても有用な細菌です。しかし中には私たちの皮膚や身体の中に住み着いて病気を起こす仲間もいます。どのような病気が起こり、どのように対処すればいいのでしょうか。今回はこれらの菌と引き起こされる病気を取り上げます。

Q. 病原性放線菌ってなに?
A. 放線菌は細胞の中に核膜を持たない原核微生物の仲間で、菌糸が放射状に伸びることからこのような名前が付けられましたが、カビなどの真核微生物とは生物学的な分類が異なります。
 放線菌の中には、カビや病原性の酵母などに似た病気を私たちに引き起こすものもあり、病原性の菌は一般に病原真菌の医学分野で取り扱われています。
 放線菌による病気の代表的なものに、酸素が無いところで育つ嫌気性のアクチノマイセス属菌によって引き起こされる放線菌症や酸素が無いと育たない好気性のノカルジア属菌によって起こされるノカルジア症があります。
 このうち私たちの研究センターでは、主にノカルジア属の菌を中心に、生理学的・生化学的な性質を調べ、さらに遺伝子配列の解析を行って菌を同定し、病気の診断に役立てる方法などを研究しています。


図1:ノカルジア・ファルシニカの巨大コロニー(左)と走査電子顕微鏡像(右)。
ヒトの脳に感染巣を拡大するなど特に危険な菌です。

図2:ノカルジア・アステロイデスの巨大コロニー(左)と微小コロニー(右)。
これも危険な病原菌です。

それ以外の多くのノカルジア属菌を含む病原菌の写真は真菌・放線菌ギャラリーで見ることが出来ます。

Q. どんな病気を起こすの?
A. ほこりなどと共に菌を肺から吸い込んでしまった場合には、咳や痰、発熱、胸痛、呼吸困難など肺炎に似た症状が出ることが一般的です。またガーデニング等で皮膚に傷がついた場合、皮膚の傷口から土中のノカルジア菌に感染することも多く、慢性や症状の変化がゆっくりとした炎症を起こし、膿(うみ)を生じます(化膿性肉芽腫性炎)。進行すれば菌は血液を介して内蔵、皮下など体中に広がりそれぞれの組織に膿瘍を生じます。特にある種のノカルジア属菌では脳で増殖する例が多いのもこの病気の特徴です。

Q. どんなヒトが罹るの?
A. 免疫機能が衰えているヒトやステロイド剤による長期の治療を受けているヒト、さらに抗がん剤など化学療法を受けているヒトは特に危険です。エイズの患者さんのほか、健康なヒトも罹りますが、特にお年寄りや子供が感染する例が多いようです。感染の報告は毎年増加しています(下図)。


図3:日本国内の患者さんのサンプルで千葉大学において病原性放線菌への感染が確認された数。病原性放線菌感染症の総症例数、そのなかでもノカルジア属菌によるもの、代表的なノカルジア菌種による症例数を示してあります(Yazawa, 2006)。

ヒトだけではありません。ブリやヒラメ、鮭などの魚に感染する菌、牡蠣などの貝に感染する菌、ブルーベリー、ジャガイモ、サツマイモなどの植物に感染する菌、牛などの家畜やペットに感染する病原性放線菌が知られており、私たちの生活や産業に脅威をあたえています。

Q. 危険な病気なの?
A. 罹ってしまうと危険な病気です。自然に治癒することは希で、治療薬としてミノサイクリンやST合剤とよばれる薬が使われますが、治療の選択肢として外科的手術や手足の切断を迫られる場合もあります。死亡する例も多く報告されています。

Q. 病原性放線菌はどこにいるの?
A.  病原性放線菌やその仲間のノカルジア菌は多くの放線菌とともに、世界中の私たちの身の回りにいます。私たちが『土の香り』と呼んでいる香りは多くの場合、放線菌などが作り出している揮発性の化合物の匂いだと思われます。
 感染は主にこれらの菌を吸い込んだり、菌が傷口から体内に入り込むことによって引き起こされると考えられています。

Q. どうすれば予防できるの?
A.  残念ながら今のところ予防方法は知られていません!!

Q. 罹ったらどうすればいいの?
A.  罹ったと思われたら主治医やご近所の内科・皮膚科のお医者さんに相談してください。
早期の診断と治療が大切です。

【連絡先】 千葉大学真菌医学研究センター
五ノ井 透(gonoi@faculty.chiba-u.jp) 043-226-2492
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病原性放線菌による病気:ノカルジア症
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