目で見る真菌症シリーズ 6
- 輸入真菌症(カビによる輸入感染症) -

図1:コクシジオイデス症の原因となるコクシジオイデス・イミチス。一見、何 の変哲もないカビにみえますが、吸い込むと非常に危険です。
図2:アリゾナで感染したコクシジオイデス症の胸部X線写真。普通の肺炎に比べる と影が小さいので油断しがちですが、このまま全身に広がって行く恐れもあります。

Q. 輸入真菌症って何でしょうか?
A. 世界各地には日本には見られない風土病がたくさんあります。日本にはいない病原菌による感染症が国内で見られた場合、これを輸入感染症といいます。
SARS(ウイルス)やマラリア(寄生虫)が有名ですが、同じことがカビで起こった場合を輸入真菌症といいます。

Q. 日本にはないはずの病気にどうしてかかるのでしょうか?
A. 2つの理由があります。一つは外国の流行地に旅行した時に感染する場合で、大部分はこちらです。
もう一つは、病原菌が外国の流行地域から日本国内に持ち込まれて、ヒトに感染する場合です。どちらもカビの小さな粒子(胞子)を吸い込んで、肺から感染します。

Q. 日本にあるカビの病気と違うのでしょうか?
A. 日本のカビの病気は、水虫のような皮膚の感染症を除けば、ほとんどが特別な持病があったり、体力のとくに弱った人たちに感染するものです。これに対して、輸入真菌症は移る力が強いので、元気な若者でも感染してしまいます。また、体の奥深く、内臓まではいりこんでしまうのも特徴です。

Q. どのようなものがあるのでしょうか?
A. コクシジオイデス症、ヒストプラスマ症、パラコクシジオイデス症などが知られていますが、ほかにもたくさんあります。この中でもコクシジオイデス症は感染する力が強く、元気な若者が流行地を数時間訪問しただけでも感染することもあります。またヒストプラスマ症も死亡率が高く、危険な病気です。

Q. どのようなところにいるのでしょうか?
A. それぞれ病気によって流行している場所が違っています。コクシジオイデス症はアメリカ(カリフォルニアやアリゾナ)、メキシコ等が特に多く、パラコクシジオイデス症はブラジルを中心とした南米に圧倒的に多い病気です。ヒストプラズマ症は流行地域が広く、南北アメリカ、東南アジア、アフリカなどいろいろな地域にありますが、洞窟のコウモリなどが菌を持っていることがあるため、洞窟探検は特に危険です。コクシジオイデス症とヒストプラスマ症は、感染して大体1ヶ月以内に症状があらわれます。時には遅れて出てくることもありますので、注意が必要です。

Q. どれも聞いたこともない名前ばかりだし、とても珍しい病気だと思いますが。
A. そうでもありません。それどころか年々患者さんが増えています。最も恐ろしいとされるコクシジオイデス症やヒストプラスマ症では、少なくとも毎年4ー5人の人がかかっていますが、中には死亡する例もあり、診断のつかないまま死亡されたりする患者さんもいると考えられます。

Q. かかるとどうなるのでしょうか?
A.  これといった特徴のある症状はありません。熱や咳、痰などのはっきりとした症状を出すこともありますが、慢性的な頭痛、体重減少、微熱などの軽い症状のままゆっくりと進行して行き、知らないうちに広がってしまうこともありますので、油断は禁物です。

Q. 日本でもちゃんと診断や治療ができるのでしょうか?
A.  確かに、日本にはない病気なので、経験のある医師は少ないのが実情です。私たちもいろいろな機会に知識の普及に努めており、最近はだんだんと正しく診断されるようになりましたが、まだ十分ではありません。もし心配だったら「○○に旅行していたのですが、輸入真菌症ではないでしょうか」と聞いてみましょう。決して遠慮することはありません。これがきっかけで診断できたケースもたくさんあります。なお、コクシジオイデス症は国が法律で指定しているため、患者さんを発見した医師は届け出なくてはいけません。

Q. 予防するためにはどうすればよいのでしょうか?
A.  まず流行地域に行かないことです。コクシジオイデス症のように流行時期がはっきりしている場合は、その時期を避けましょう。また、免疫の力が落ちている人(ステロイド剤などを長い間飲んでいる人やエイズなどの患者さん)はとくに危険ですので、ぜひ避けてください。また妊娠している人はコクシジオイデス症にかかりやすいので、同じように注意してください。

Q. どうしても出かけなければならない用事があるのですが。
A.  それぞれの病気に応じた対策が必要です。ふつう、輸入真菌症を起こす菌は、都会よりも、郊外の砂漠、草原、河原などに多いものです。最も危険なコクシジオイデス症では、まず、できるだけ町中の屋内にとどまり外出を避けるのが原則です。また肺から侵入する菌なので、車で移動する場合は、できるだけ窓を閉め、空気を室内循環にしておく、などの工夫をしましょう。危険なところに出かける場合はマスクを着用するのもある程度有効です。でも、100%完全に予防することはできません。

Q. いよいよ困ったら…。
A.  真菌医学研究センターには外来や病棟はありませんので直接診療することはありませんが、各医療機関と連携して診断・治療のお手伝いをしております。主治医の先生からのご相談はお受けしておりますので、ご心配の方はまずはお近くの医療機関を受診していただき、主治医とよくご相談ください。

【連絡先】 千葉大学真菌医学研究センター 臨床感染症分野 043-226-2491
亀井 克彦(k.kamei@faculty.chiba-u.jp)
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