目で見る真菌症シリーズ 4
- カンジダゲノミクス -

カンジダは免疫力の低下した患者に重い感染症を起こす真菌です。私たちはカンジダの病原性の解明と優れた抗真菌薬の開発を目的としてカンジダゲノミクスを進めています。

Q. 酵母菌とカビ菌って同じ仲間?
A. はいそうです。パン,ワイン,ビールやお酒などをつくる時に欠かせないのが皆さんご存知の酵母菌です。お酒や味噌をつくるのに必要な麹菌や家庭の壁やお風呂の天井などの黒い汚染やアレルギーの原因として問題になっているのもカビです。これら酵母菌やカビ菌は実は同じ真菌の仲間です。細胞が一個ずつ独立て増殖できる真菌が酵母菌または酵母で,糸状あるいは枝状に細胞が繋がったものはカビ菌または単にカビと一般的に呼ばれています。カンジダは酵母菌にもカビにも変身できる真菌です。

Q. カンジダって恐い真菌?
A. カンジダは半数以上の人の皮膚や口,腸の中に潜んでいますが,通常は無害で全く問題にはなりません。しかし抗がん剤治療や免疫抑制剤を投与された患者やエイズ患者など免疫力が極端に低下した患者に対して肺や消化器官の粘膜から侵入し,さらに血液や肝臓,腎臓等の臓器へ感染症を起こし病気を重症化や難治化する恐い真菌でもあります。真菌は分類学的に植物よりもむしろ動物に近い生き物です。そのため真菌を殺してしまうような物質(抗真菌剤)のほとんどが人に対しても毒性を示しており,抗真菌薬の開発は難しい状況にあります。私たちは毒性のない優れた抗真菌薬を開発するためにはカンジダと人との違いを深く理解しなければならないと考え,カンジダのゲノミクス(ゲノム解析)を開始しました。

Q. ゲノムって何ですか。
A. 生き物の形や性質は,細胞中のDNAに記録されています。DNAはヌクレオチドという物質が繋がった分子です。ヌクレオチドはそれぞれ1個の糖,リン酸,塩基で構成されています。塩基にはATGCのアルファベットで表記される4種類があるのでDNAを構成するヌクレオチドも 4種類あります。DNAの長さはヌクレオチド1個に対し1塩基と表します。細胞中の全DNAのことをゲノムと呼んでいます。ゲノムのサイズは人だと約30 億塩基,真菌だと1千万~5千万塩基です。生き物が生きて行くために必要な情報がすべてゲノムの中に保存されています。


Q. ゲノミクスって何ですか。
A. 狭義ではゲノムの全塩基配列(ATGCAATGCGGGのような)を決定することです。広義ではゲノムの全塩基配列の決定を出発点とし,生命現象に関わる分子や遺伝子を網羅的に収集し系統的に整理し,その生命現象を理解する研究アプローチのことを言います。DNAは数百から数万のヌクレオチドを一括りにして遺伝子という単位を構成しています。ゲノムの中にはこの遺伝子がちりばめられています。ゲノムに含まれる遺伝子数は人間だと3万個以上,真菌だと5千~1万個と推測されています。遺伝子はDNAからRNAという青写真のような物質にコピーされます。その青写真にはアミノ酸の種類と順番が書かれていて,その青写真に従って細胞の中でタンパク質がつくられます。タンパク質は別のタンパク質や炭水化物,脂肪,ビタミン,ミネラルなどを利用して新しい細胞をつくり,細胞の修復や模様替え,細胞外部環境との応答などを行なっています。現在では全RNAを解析するトランスクリプトミクス,全タンパク質を解析するプロテオミクス,細胞の全代謝産物を解析するメタボロミクスなど様々なゲノミクスが誕生しています。

Q. 真菌医学研究センターでのカンジダゲノミクスは具体的にどんな ことをやっているのしょうか。
A. カンジダ(カンジダ・アルビカス)の全塩基配列の決定はアメリカのスタンフォード大学を中心にしてミネソタ大学と千葉大学真菌医学研究センターの共同作業により,ドラフトシークエンス(99.9%の精度)が2003年に完成しました。ドラフトシークエンスの結果からカンジダの遺伝子は約6千と推測することはできましたが,各遺伝子の機能や感染においてどのように関わるかはこれからの研究課題です。そこで私たちは1遺伝子に対して1個ずつ遺伝子発現制御装置(人為誘導型プロモーター)を挿入した遺伝子組換えカンジダの構築をしています。前述のように生命現象は DNA->RNA->タンパク質の流れを基本にしています。組換えカンジダを使えばDNA->RNAの進行を研究者が自由にコントロールできるので1個の遺伝子が,ある生命現象にどのように関係するのか調べることが出来ます。この作業を6千の遺伝子に対して行なうことにより,カンジダの感染現象をゲノムレベルで理解することが出来ます。その結果,抗真菌薬の標的にふさわしい分子や遺伝子を調べることが可能になります。あるいは既に存在する抗真菌活性のある物質がカンジダにどのように作用するか調べることも出来ます。それらの結果に基づいて私たちは人に対して副作用のない良質の抗真菌薬の開発を進めていきます。



【連絡先】 千葉大学真菌医学研究センター 病原機能分野 043-222-7171
知花 博治(chibana@faculty.chiba-u.jp)
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